2008年02月16日
しあわせの星が逃げちゃいますよ★
町田市にあるプラネタリウムが27年の歴史に幕を閉じることになったそうなので、町田っ子のちえぞに誘われて行ってまいりました。
何年か前にやっぱりちえぞに誘われて一度行ったことはあるのだけど、行ってみるといいよねー。心地よすぎて寝そうになるけど。
実際には今月いっぱいまで(だっけ?)やっているそうだが、この日は、町田を中心に活動しているrakiraさんという作曲家・キーボード奏者とのコラボ企画ということで、前回行ったときは「お好きなところへご自由にお座りください~」状態だったのに、今回は「席を空けずつめてお座りください!」状態でした。しかも開場30分前からえらい列で。
なんかヘンな変態もいたけど。
癒されるねえ。これが自分ちだったらぐーぐー寝られるね。
で、せっかくだったので小田急沿線めぐり(つうても新百合ヶ丘だけ)もしました。
昔カヅさんが町田に住んでいたのでこのあたりはけっこう遊び呆けた地帯ですが、いやあ、様変わりしちまったなあ。町田のあの雑然とした商店街好きだったんだけども、まったくおもかげなく…またラーメン食べにきたい。つか勢いで服に4万円くらい使ってしまいました…でも丸井とかルミネとかおされなデパートよりは性にあうわ。夏になる前にビルケンでサンダル買おう。今年こそ!
新百合ではもうちっと練り歩く予定が夕飯食べただけに終わってしまった。でも昔懐かしい店をさーっと見て回れたのでひと満足。かわりなくてよかった! しかし駅前のOPAに兄目糸がすっぽり入っていたのにはおどろきさ。
飯屋では、いろいろ話していくうちになぜか臓器移植とかの話になって、骨髄液とかならいいけど、心臓とか、唯一無二で再生できないものとかはやだなあ派と、使えるものは使って欲しい派と分かれました。わたしは前者ですけども。
なんつんですかね、死んでからまで体をいじられたくないつうのもありますが、そんな、体のパーツを他人のものと交換して寿命を延ばすという、神の領域というか自然の摂理というか、そういうものに反してまで生きながらえたくないっていう。
輸血とか骨髄移植とかはいいんですよ。なくなるわけじゃないから。でも、これまで長い歴史の中で、ほんの1~2世紀前までは現代から見れば死に至るような病気や怪我でもないのにあっさり死んでしまう人たちばっかりだったんでしょう。最期まで諦めずに手を尽くそうとした人たちがいたから医学も進歩してきたんだろうけど。自分の死にどきは抗わず受け入れたいな、と、思っていますよ。とりあえずは健康なのでそう思っております。
だから、「余命3ヶ月」とかはっきり宣告してくれたらペース配分ができてとてもありがたいです。とかそういう話だったんだっけか。そうか。
それとは外れるけど、自殺したいひとを関係ない第三者が「よくない!」「生きてるってこんなにすばらしいよ!」「いつかいいことがあるさ!」なんつって思いとどまらせようとするのもどうかと思う。「そこまで言うなら」と考え直してそれでもやっぱりつらいだけだったらどうしてくれるのさ。と思う。それをやっていいのは、その人を生んだ、育てた、支えた、その人から生まれた、育てられた、支えられた、いずれかの人だけだと思う。だからわたし、某るろうにの某主人公て嫌いさ。ただのエゴイストにしか見えない。そのうえ自分の命は軽んじてるくせに生きろとか死ぬなとか言われたくねーっつうの。だから師匠がガツンと言ってくれたときはよくやった! さすが師匠! と思った。
話が大幅にそれました。
あくまでわたし個人の考え方です。
いまのところ「目が見えなくなったら死なせてくれ」と思ってます。本読んだりテレビ見たり、そのあたりはなんとかなるとしても、なんといっても絵が描けなくなったらもうなにを楽しみに生きていったらいいのやら。
右手が使えなくなっただけならなんとか左手でも絵が描けるように努力したいと思っております。
いざそういうものが必要な状況に陥ったら考え変わるかもしれないけど。
まあ、五体満足のまま天寿まっとうできたらそれにこしたこたないですね。あんまり長々ともいきたくないけども。
なぜプラネタリウムの話からこんな……
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- at 17:27

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